2014年01月29日

麦子さんと 2013日 吉田恵輔

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ほんの数日だけど母は子供たちに遅ればせながら生きていく許可を与えました。
正確にはそのヒントですが。

主人公の麦子は25歳位です。本屋でアルバイトしながら声優を夢見てます。
数年前父が亡くなってから、パチンコ店で働く兄(憲男)と二人暮らしです。
ある日幼い二人を棄てた母が現れます。
拒否する二人でしたが、経済的なことが理由で同居を認めます。(兄は出て行きますが)
そして数日後、母は亡くなります。末期癌でした。

その後、納骨のために初めて母の故郷に行った麦子は、
ひょんなことから納骨まで数日かかることになり村に滞在することになり、
若かりし頃の母を知ります。
母は村のアイドルだったこと。(母に瓜二つの麦子は母世代に熱烈歓迎されます)
母は歌手を夢見て上京したこと。
母が料理上手だったこと。

そして、村にいた母の親友のミチルさんに亡き母を、
我侭な旅館の息子に自分と兄を重ねます。
また若き母と今の自分を重ねます。

麦子も憲男も母を許せません。というよりも、
母という存在としません。母はこれ以上やるせないことはありません。
母は棄てた負い目がありましたが、それでも必死で二人に接しました。数日の時間でしたが。

麦子が、母との関係を相対化する物語です。
“子を捨てた親を許してはいけない”という呪縛で生きていました。
もちろん顕在意識でも、母を憎んでいたでしょう。
でもそれは愛が欲しい裏返しです。
それが呪縛では、決して許さないという結論を頑として譲らないことで縛られています。
そこからの解放です。

麦子が母を母として受け入れることができるまでの物語です。
棄てられていたことで母を憎むこと(その他それに纏わる自我の形成)でバランスをとっていたことからの脱皮です。

母が現れた時から麦子の心のバランスが崩れました。でも“許してはいけない”呪縛は頑なです。
母が死ぬまで、死んだ後でもそこからは逃れられませんでした。
けれど村に来て徐々に母がどんな人間だったかを俯瞰できるようになります。
そして私をどう思っていたか、
本当はいつも私といたかったのではないか、
でも棄てた自分だからどう接して良いか解らないという母の気持ちが痛い位に感じてきました。

そして村を出る日(納骨の時)、
麦子は母の娘になることができました。

もし親に棄てられたという十字架を背負っていたとしたら、
ということはその子にしか解りませんが、
自分の存在に関わること、人格を否定された事だということ位はわかります。
日常ではそんなそぶりはなくてもです。
(脳はそれを隠して社会生活を営むからですが)

兄弟はその傷を自分で癒すことができる勇気を母と暮らした数日で受け取れました。
もちろん母が偉いわけではありません。
母は最期を迎える前にどうしても二人と居たかっただけでしょう。
でもそれが良かった。間に合ったのです。

そして偶然にも村に滞在することになったことで、麦子も自我を癒すことができました。

この映画はこういう物語を巧みに観客にみせました。
脚本も演出も良かったです。

兄の憲男は、葬式で麦子とは違い、母との解消を済ませるシーンを筆頭に、
登場人物達の役割が明確で過不足なしです。
また、人物の設定もどちらかというと、主人公も含めて優柔不断なそこらへんにいる人なので、
真実になります。
それと、ユーモアを交えていますし、リズムも良いです。
苦言を言えばわかりやす過ぎることで、もう少し、観客に解釈を委ねて欲しかったことが気になりますが、とても良い映画でした。

その証拠に、
わかりきったラストだったけれど不覚にも涙が出てしまいましたから。


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